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「オネエ」芸人 タブー破る…パキスタン・カラチ

トーク番組司会 イスラム男性を誘惑

 イスラム教徒が人口の97%を占め、保守的な国民性とされるパキスタンで、同性愛者であることを隠さず、女装でテレビに登場した男性がいる。意外にも、批判や反発は一切受けず、「私こそ、わが国の寛容さと多様性の象徴」と胸を張る。(カラチで 佐藤昌宏)

素顔
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女装
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ブット氏にあこがれ「本能」目覚める

 男性は、アリ・サリームさん(29)。父が高級軍人、母は国家公務員という、パキスタンでは典型的な上流家庭に生まれ、物心ついたころには、両親が仕事に出掛けると、母親の口紅を塗っては、鏡の中の自分に見とれていたという。

 「女の子にしてほしい」と神に毎日祈ったが、母親から化粧の件をとがめられると、一度は、サッカーやクリケットに興じる“普通”の男の子に戻った。

 自分の中の「女性」に再び目覚めたのは9歳の頃。きっかけは、1988年、亡命先から帰国すると瞬く間にイスラム圏で初の女性首相となった故ベナジル・ブット氏の登場だった。

 「きれいな口元と上手な英語。『私もあんなステキな女性になりたい』と“ひと目ぼれ”しちゃった」

 2007年10月、カラチ市内の私邸で会見に応じるブット元首相 それからというもの、ブット氏の記者会見の模様が流れるとテレビにくぎ付けとなり、しぐさや話し方など彼女の一挙手一投足をまねるようになったという。

 ブット氏のものまねをする男性がいるという評判が、娯楽番組がほとんどない国営テレビしかなかったパキスタンで、新規開局を目指していた民放テレビ局関係者の耳に入り、98年の開局とともにテレビに初出演し、芸能界入りした。

 転機が訪れたのは2005年6月。女装でものまねをする「変な男性」でしかなかったアリさんだったが、大手民放局「アージ・テレビ」から、週末夜のトーク番組の司会を任されたのだ。

 「アリ夫人の深夜ショー」と名付けられた番組で、南アジアの女性用民族衣装サリーに身を包んだアリさんは、「オネエ言葉」でゲストの男性芸能人や政治家などを意味深な言葉で「誘惑」し、質問攻めにした。

 男女間の恋愛さえままならない「お堅い国柄」のパキスタンでは、これだけで十分刺激的な内容。ましてや、アリさんが同性愛者であることを隠さなかったため、番組開始当初は、政府や宗教界などから、抗議の殺到が予想されたという。

 イスラム教の聖典コーランには、「おまえたちは、女を退けて欲情をもって男にはしるとは。しかり、おまえたちは破廉恥な民である」(中公クラシックス「コーラン1」)と同性愛を固く禁じるくだりがある。同国では05年10月、男性間の同性婚が初めて報じられたが、当事者は身の危険を感じて氏名を一切明かさなかった。07年5月には、東部ラホールの裁判所が、婚姻届を出し、性転換手術を受けた女性とその相手の女性に対し、「反イスラム的」として拘束を命じたこともある。

 アリさんが搭乗したカラチからラホールに向かう機内でのこと。周囲は、あごひげをたくわえた、いかにも敬虔なイスラム教徒らで埋め尽くされていた。その中の一人が、マニキュアを付け、イスラム教が禁じる髪の染色までしていたアリさんの緊張した両肩に手を乗せてつぶやいた。「番組を毎週楽しみにしているよ。ただ、毎日5回の礼拝だけは欠かさないように」

 番組は2年間続き、昨年6月にいったん終了した。「アリ夫人を演じるのに疲れた」のが理由で、一時的な休止だという。

 「パキスタンが、イスラム原理主義とテロのイメージしか持たれてないのは本当に残念。私のような存在が受け入れられているという事実を世界にもっと知ってもらいたいわ」
( 読売新聞)
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