新宿御苑の不動産屋ブログ 【新宿二丁目】

レズビアン・ゲイ・おかま・おなべ・ニューハーフ・バイセクシャル・トランスジェンダー・ニューハーフ・ドラァグクイーンのゲイフレンドリーな不動産屋のブログです。 あくまで趣味のブログですので、お仕事のご要望にはそえない場合があります。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

レズ・レズビアン・ビアン(2)@ビアン通信

(1)をアップした後、反響がすごく大きくて、びっくりした。
Twitterの方では、「押して!押して!押し倒されろ!」のゆうさんはじめ、たくさんの方が取り上げて下さって、おかげでいろいろな意見に触れることが出来た。(私が(1)の冒頭で書いた、「興味深いやり取り」の発端となったのは、ゆうさんのツイートだった)
ストレートの方からもいくつかメッセージをいただき、それも嬉しかった。

Twitterを見ていたら、

  日本では、なぜ「レズビアン」が「レズ」と「ビアン」に分かれちゃったんでしょうね。
  ふつうに「レズビアン」でよかったのに。

と書かれていた方がいて、ちょっと笑ってしまった。たしかにその通りだ。
そんなわけで、「レズ」に引き続き、「レズビアン」、「ビアン」について書いてみたい。

私は、60年生まれだ。(計算しない!)
思春期を迎えて、最初にしたのが辞書を引いたこと。「同性愛」の項目。
そこにはまあ、異常性欲とか性倒錯とかおどろおどろしい言葉ばかり並んでいたわけだけど、「レズビアン」という言葉や項目があったかどうかは覚えていない。(多分、あったと思う)
その辞書を引いたときの衝撃は、もう言葉に出来ないほど大きなものだった。が、私はさらに、「自分は何者か?」と知りたくて、学術書を片っ端から読んだ。
うちには、親の仕事の関係で、精神医学の本や心理学の本が山ほどあった。
どの本にも必ず「同性愛」の項目があって、読むとさらに落ち込むことばかり書いてあった。その内容はともかく、lesbian、レズビアン、レスビアン、といった言葉も並んでいて、言葉の起源なども知った。

そう、レスビアン!!!
かつてはなぜか、レスビアンと書いてある本も、レズビアンと書いてある本もあった。
まあ「leSbian」だからだろうけど。
リリアン・フェダマンの名著「Odd Girls and Twilight Lovers」の翻訳本(96年)も、「レスビアンの歴史」というタイトルになっている。
一体どっちやねん?と思っていたけど、人々が口にするのは「レズビアン」だったから、こちらが正しいんだろうと思った。

余談だけど、そうした本には、なぜ同性愛者になるのか?といった考察も、いろいろ書かれていた。
脳がどうの・・とか、親子関係が原因とか、胎児のときになんらかの刺激が・・・とか。
どれもこれも私には納得出来ないものだったけど、時は70年代~80年代はじめ。同性愛がバリバリ病気、異常とされていた時代だったから、私がどう抵抗しようと無駄だった。
でも、思っていた。

  なんであたしがヘンタイなんだよ!!!

どうしても納得できなかった。
それで、雑誌、新聞などで、同性愛関連のどんな小さな情報でもいいから飛びつき、小説、映画、作家、シンガー、アスリートなど、同性愛と思われる作品や人を探すことに没頭した。
これが今の私のゲイダー、オタの原点だ。
誰も、「あなたはおかしくない、それでいいんだよ」と言ってくれる人がいなかったから、自分で自分に「大丈夫」と勇気づけるしかなかった。
1番勇気をもらったのは、ナブラチロワだった。国を捨て、カムアウトし、親からも縁を切られ、大変な苦汁をなめ、それでも女王として君臨し、人々からあんなに尊敬されている!本当にミラクルな存在だった。(当時はまだ、あんなに女性と別れるのが下手な人だとは知らなかった)

話がそれたが、「レズビアン」。
90年に入って、WHOの「病気ではない」宣言がきっかけだと思うけど、突如ゲイブームがやってきた。
雑誌やテレビで盛んにゲイ・レズビアン特集が組まれるようになり、キンズやたまごなどのビアンバーが出来、2丁目が頻繁に紹介され、ラブリス(ミニコミ誌)が生まれ、その主宰者であった掛札礼子さんが日本で初めて本名・顔出しでマスコミに登場されるようになった。

そんな中で、「今こそ誇りを持って、レズビアンを名乗ろう!」といった空気が、たしかにあった。
この名乗るというのはカムアウトのことではなく、自称という意味。
「レズ」という単語は、あくまで非当事者が当事者を侮蔑するために使った言葉であり、レズビアンの自称として存在していたわけではない。
そんな「レズ」に対して、「私たちはレズじゃない、正式名はレズビアンですよ!」といった動きがあった。
闘う系の方たちは、「私たちレズビアンは~」と、レズビアン、レズビアン、と連呼していた記憶があるし、掛札さんの著書のタイトルも、「『レズビアン』である、ということ」だった。

(その前、80年代はどうだったかと言うと、初めて2丁目に行った82年は、皆「同性愛者」と自称していた記憶がある。「レズビアン」とも言ってたかもしれないが。この辺りは、すごく昭和の香り。)

そんな正式名である「レズビアン」だけど、自称としてはあまり定着しなかった。
「レズビアン」には抵抗のある人も多かった。
ひとつには、「レズ」同様、ポルノのイメージが強かったこと、また、今まで肯定的に「レズビアン」という言葉を使われたことがほとんどなかったこと、などが挙げられると思う。
でも、1番の理由はこれだと思う。

   なげーーーよ!

5音節で2つも濁音がある。しかもそれが連続(ズビ)している。
見たり書いたりする場合には、パッとかたまりで目に飛び込んでくるので問題はないが、口にするのは困難だ。
私が「レズビアン」を口にする場合、まず「レズ」で苦しかった青春時代が走馬灯のように蘇り、「ビ」で涙目、「アンー」で、「ああ、言い切ったーーー!」という達成感と疲労感でぐったりしてしまう。
それが、「レズビアン」。

自称としての「レズビアン」が定着しなかったために、いくつかの候補が浮かんでは消えていった。
外国では、女性も男性も同性愛者は「ゲイ」と呼ぶから、日本でもそう呼ぼう、という動き。
でもやっぱり「ゲイ」じゃ男か女かわからないから「ゲイ・ウーマン」と呼ぼう、という動き。
他にもいくつかあったように思うが、いずれも定着せずに消えていった。

そんな中で、いつの間にか広まり定着したのが、「ビアン」。
90年代前半には聞いたことがなかったので、90年代半ばか後半に出てきて、ネットの爆発的な普及(98年)に乗って、全国的に広まったのだと思う。
「レズ」は非当事者によって押し付けられた言葉だが、「ビアン」は初めて当事者の中から生まれて定着した言葉だ。しかも、候補は他にもいくつかあったのに消えていき、唯一残った。
いわば、「レズビアン呼称界のサラブレッド」と言ってもいい。

サラブレッドなだけに、「気取ってる」とか、苦労知らずで「なんかダサい」と言われることもあるようだ。(Twitter調べ)
でもまだ生まれて10年ちょっと。長い目で見てほしい。
それに、言葉はネガティブな気持ちで使っていると、どんどんネガティブな性質のものになっていく。
その単語が好きとか嫌いとかはあっていいと思うけど、使う以上はポジティブな気持ちで使いたい。
それに、「ビアン」という言葉がダサいとすると・・・

  ビアン通信って、まじダサい!!

ってことになる。ひーーー。

でも私はこのタイトルが気に入っている。これは、ブログを作ろうと思ってすぐに浮かんだタイトルだ。
別に蔑称を避けてとか、そんな意図は全くなく、直感的に5秒で決まった。
私が持っていた「ビアン」という呼称へのイメージは、歴史がなくてなんだか軽いなあ、というもの。
でもその軽さが、真面目なんだか冗談なんだか、真剣なんだかミーハーなんだか、混然としている、私のキャラとこのブログのイメージに、合っていると思った。(自画自賛)

ダサい、って言われるなら、ダサくないように使い倒してやる!って思っている。

それに、やっぱりこの「ビアン」で救われた、という人はいっぱいいると思う。
20代の若い人たちでも、「レズ」と聞いただけでぴくっと反応してしまう、「レズ」も「レズビアン」も口に出来ない・・・という人をたくさん見かけた。
ある人は、親の偏見がひどくていつも差別的な言葉で傷つけられる、またある人は、高校のときに噂になって散々「レズ」と陰口を叩かれたから、「レズ」も「レズビアン」も口に出来なくなった、「ビアン」という言葉を知ったときは本当に嬉しかった・・と書いていた。

私は時々、地方に住んでいる20代の人たちからメールをもらう。
それを読んでいると、デジャブのように、私たちの若いときと何も変ってないんじゃないか?と思うことがある。
親に全く理解がない、まわりにセクシュアリティについて話せる友人がいない、もちろん出会いもない・・・。

この世界も、強い立場にいる人、恵まれた人、発言力のある人の声がクローズアップされがちで、本当は一番汲み上げなきゃいけない立場の人の声が、反映されにくい面があると思う。
そしてそれはそのまま自分に跳ね返ってくる。
以前、付き合っていた人に言われた。

  あなたはとても強い人だけど、世の中、そんなに強い人ばっかりじゃないんだよ。
  弱い立場の人もいっぱいいる。
  もっと、そういう人たちのことを考えないと、ダメだよ。

(1)で書いた、「レズ」と自称することに関しても、まだ迷いがある。
(誇りを持って「レズ」と自称しようとしているその気持ちはわかる、でも本音を言えば、やっぱりイヤだ、「レズ」っていう言葉は聞きたくない!)
そう思っている人が、本当はたくさんいるんじゃないか?
いまだに傷ついている人がたくさんいる中で、今自分が使うのは、時期尚早なんじゃないか?
もちろん、日常で使うときには、気心の知れた人といるときにしか使わない。その人にどんなバックボーンがあるのかわからないときには、使わない。でもこうしたブログでは?
そう思う一方、ギャグにからめて使い倒してやる!「レズ」のイメージを変えたい!そんな気持ちもある。
どう使っていくのが一番いいのか、まだ私の中で考え続けている。

私は個人的には、欧米のように、「ゲイ」が女性も男性も同性愛者全般を指す言葉になればいいのに、と思っている。男女で分ける必要はないから。それになんと言っても、「ゲイ」は言いやすい。
ただ、今だと「私はゲイです」と言っても、「??」となるから使っていないが、それも使う人がどんどん増えれば変っていくんじゃないか。トライする価値はあるかもしれない。

長々と書いてきた。
どんな言葉を使うにせよ、その言葉の背景にあったものは、忘れないでいてほしい。
「レズビアン」の過去を知り、今を知り、過去を見つめ、未来を見つめていってほしい。

その①

もと記事@ビアン通信
関連記事

| レズビアン(L)・おなべライフ | 09:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URI

http://lgbt-estate.jp/tb.php/436-07463a21

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT